こんにちは。美聖です
旦那の1回目の抗がん剤投与が終わり
次の抗がん剤投与までは
退院して自宅で今まで通りのなんの制限もない
穏やかな生活を1か月過ごし
旦那は2回目の抗がん剤投与のために
また入院することになりました。
まだまだ体力もあり、パッと見は
病人とはわからないくらいふっくらと(元々ポッチャリだったから 笑)してて
末期ガン患者とは言われなければわからない外見。
ただ・・・
お医者さんがおっしゃるには
「ここまで癌が大きく進行しているということは
ここ最近にできた癌じゃないですね。
おそらく数年前からできてましたよ。」とのことだった。
旦那の癌は胃ガン。
一概には言えないけど、大きなストレスをずっと抱えてると
胃ガンになりやすいそうだけど
ハッキリ言って、私と結婚してからの旦那は
母との同居までは、めっちゃフリーダムな生活だったと思う
その分、私が振り回され~の
全く愛情や思いやりを感じられない暴言や態度を取られ~ので
ストレスてんこ盛りやったっちゅ~ねん
そう考えると、旦那の癌になったストレスって
前妻さんと別れた頃のんかな~?とその時にフッと
漠然と思った。
いや。前妻さんと別れたことが辛かったんじゃなくて
前妻さんとの子供が離婚した当時4才。
しかも、ものすごいお父さんっ子で
旦那も溺愛してた。
私と再婚してからも、月に一度は会うことを許されていて
その日を本当に指折り数えて待ってたくらい。
ホントにホントにその子と離れ離れになるのが
強烈に辛かったらしい。
「それだろ~な・・・原因・・・」
一人で買い物帰りに道を歩きながらつぶやいていた。
私、こんなに結婚してから
旦那に尽くして、尽くして・・・それで、私に何の落ち度もないことで
なんでこんなに辛い思いしなきゃ~ならんのだ・・・
ブツブツつぶやきながら、スーパーの買い物袋を
プランプランしながら歩いてたのを思い出す。
そして、結婚してから
ちょっと働いたら「しんどい。」って言って休んじゃったり
私がバタバタしてても手伝ってくれなかったりしてたのを
なんて家族に対して思いやりの無い人って
腹立ってしゃ~なかったけど
ホントにしんどかったんだな・・・身体
でも、言えなかったんだ・・・。
もっと、後でわかったことですが
癌ってね。
なった本人のメンタルサポートも大事だけど
実は家族のメンタルサポートがとっても大切らしい。
大きな病院とかでは、そういうサポートチームが病院内にあるくらいらしい。
だから
家族が癌でこんなに辛い思いをしてるんだから
苦しんでるんだから
私のことなんて2の次、3の次。
私が息抜きなんて、とんでもないとか
自分を追い込む人がいてるけど
それは大きな間違いらしい。
・・・って・・・まんま私やがな~~~
癌って、治療する期間が長期戦になるんです。
家族まで一緒になって張りつめてたら
身が持たなくて共倒れしてしまって
本末転倒な状況になる。とな
そ~なのよ~~。
もうちょっと早く、先にそういう話しを聞いてたら良かったんだけど・・・
そんなね。
ウチの家族の誰かが近々ガンになるかもしれないから
いろいろ調べておこうなんて
用意周到な人って世の中そんなにいないでしょ
私には、父はもう他界してるし
母は病院好き(笑)の人だからしょっちゅうなんか調べてもらってるけど
恐ろしいほど健康だし
私ももちろん、ある日突然
自分の家族がガンになって、自分が介護することになるなんて
思ってもいなかったわけで。
家族はとにかく愚痴を聞いてもらったり
休息を取るように心がけなきゃいけないって
人から話しを聞いた時には遅かった。
当時の私はほとんどの知り合いが旦那と共通の
友人ばかりだったのもあって
一切グチなど誰にも言えず
お商売してたから仕事中はずっとスタッフにも
お客様にもニコニコしてた。
(身体も心もしんどいのに)
私は、不妊治療を40才過ぎてからして
その時にホルモン剤をバンバン打ってたのと
産後すぐの養生を一切せず頑張っちゃったのが
たたって、産後の肥立ちの悪さがハンパなくて
娘が2才になってもちょっと体力的に無理をすると
すごく体がきつかった。
なのに
娘の育児も「~ねばならない」でやってた。
何時にご飯食べさせなければ
毎日、絵本を読んで寝かしつけなければ
などなど。
短期決戦だったら、根性でなんとかなったかもしれないけど
それもど~かと思うけど(^^;)
ついに私の心と身体も悲鳴を上げることになるのでした。