生い立ち【0~19才編】

ダンナが胃ガンで他界したのが

 

私が45才の1月でした。

 

三つ子の魂百までと言うけれど・・・。

 

 

 

その年齢になるまでの人生の送り方で

 

宿命は変わらなくても

 

運命は変わると思う。

 

 

 

原因があって結果があるわけで。

 

たった少しの期間のことだけにフォーカスしたって

 

「あ~・・・辛かったな~~。」っていう

 

思い出としてしか残らない。

 

それじゃあ、お焚き上げにならないわけですチュー

 

 

 

過去をしっかりと

 

ボ~ボ~燃え盛る炎で燃え上がらせて

 

昇華しないと

 

これから先、前に進んでも

 

たぶん、おんなじ。

 

人から「大変ね~びっくり」って言われるだけの

 

しんどい人生を歩まなければいけないと思う。

 

 

 

 

・・・イヤじゃむかっ

 

 

 

 

 

ということで

 

今までの私の歩みから書いていくことにしました。

 

 

 

 

しばらくの間、ダンナが癌になるところまでお待ちいただきます。

 

(あ、誰も待ってないか~ゲラゲラ

 

 

 

ということで(笑)

 

 

 

私には年子の弟が一人いて

 

私は長女として生まれました。

 

(え!?生まれたところからかい!!

 

 

 

 

母曰く

 

神のような子だったそうで

 

全く手がかからないお利口さんだったそうです。

 

↑ココ。ポイントです。

 

物ごころつく前から私ってワガママ言わない子(言えない子)だったんだ・・・。

 

 

 

 

反対に弟は他人とコミュニケーションを取るのが

 

すごく心の負担になる子で

 

親にも心を閉ざすような子で

 

思春期からオッサンになった現在も

 

ずっと引きこもり。

 

 

 

 

だけど、母親って男の子は特別な存在みたいで

 

自らは決して動かない人任せな弟のことを

 

母は昔から溺愛していました。

 

 

 

 

そして私には

 

「お姉ちゃんなんだからガマンしなさい」

 

「お姉ちゃんなんだからしっかりしなきゃ」

 

「お姉ちゃんなんだから出来るでしょ」

 

お姉ちゃんなんだから・・・お姉ちゃんなんだから・・・

 

 

今でも私の頭の中にリフレインしますよ笑い泣き

 

 

 

 

それでも、それが当たり前だと思って

 

不満にも思わなかったし

 

私はお母さんが大好きでした。

 

 

 

幼稚園→小学校→中学校と

 

ずば抜けて賢い子ではなかったけど

 

いじめることもいじめられることもなく

 

お友達もそこそこいてて

 

なんの問題もなく

 

ゆる~く過ぎていきました。

 

 

 

 

ところが、中学生の時

 

いとこのお姉さんが美容院を開店しました。

 

遊びに行って、私は美容院のお店の中が

 

ワンダーランドに見えた。

 

 

キラキラして見えた。

 

 

「美容師になろう音譜」決意しました。

 

高校なんて行ってる場合じゃない。

 

中学校を卒業したら美容師にな~ろうっと音譜音譜

 

初めて、【目標】と【夢】というものができて

 

私はワクワクしました。

 

 

 

 

両親にそれを伝えると

 

やっぱり大反対笑い泣き

 

 

 

そこで、すんなり夢をあきらめる私。

(今から考えたらアカンやん・・・そこでワガママ言わなきゃ。)

 

 

 

そのかわり、高校を卒業したら

 

美容学校に行ってもいいという約束を取り付け

 

 

 

またまた、なんの障害もなく

 

ふつう~~に無事、高校を卒業しました。

 

 

 

 

そして、美容学校へ。

 

1年間の寮生活でしたが、これまた

 

他の子とも広く浅く仲良く過ごし

 

無事、卒業。

 

 

 

 

ホントにいい子ちゃんでこれといった辛いこともなく

 

ここまで生きてきました。

 

 

 

ところが

 

美容師になってから私の人生激変叫び

 

ザッパ~~ンと大波が岸壁に打ち付けるイメージのような

 

波乱万丈の人生に180度変わっちゃったのです。

 

 

 

 

この時、私は19才。

 

わはは・・・本厄やがな笑い泣き

 

なんて、星めぐりに素直なヤツやねん(笑)

 

 

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